いつでも自決できるよう日本でも安楽死を合法化してくれないか

今すぐ自決したい、ということではなく。

病気に苦しんだり、ボケてしまったり、貧困老人になって無残な終末をむかえるぐらいなら、……という覚悟をもっておきたい。

弱者を切り捨てる時代がもうそこまできている

起業して以来、あまりに税金が高いことにおどろく。

これなにかのまちがいなんじゃない? という請求書が自治体から送られてきて、計算してみると、たしかにその数字で合ってる。健康保険も年金も。

なぜこれほどのおカネを徴収されるのか。社会保障とはなんなのか。ネットを検索してみると、いろいろとアレ。どないしたらええのんか、という気分になる。

日本の社会保障は「もうおカネないから弱者を切り捨てていくよ」という時代がそこまできている気がする。

日本という国のフトコロ事情を数字で見てると、それは不可避なんだが、政治家はだれもそれを口にしない。だれが最初にそれをいうのか。おまえが言えよ。いいえおまえが。いえいえお先にどうぞ。

そんな感じ。もうぜーんぶ先送り。すがすがしい。

将来に借金してこさえたカネを、高齢者にそそぎこむ、という図式はいつまで続くのか。

ぼくも高齢者という領域に片足をつっこみつつあるが、それでもあえて言うならば、もう富を生みださない高齢者に富を注ぐよりは、これから富を生みだす若年層に富を注ぐべき。そうしないと、日本という国は弱っていくばかり。

命が重すぎる時代の苦痛

「パラリンピックが終わったら安楽死を考えている」金メダリスト、病と闘う苦しみを明かす

▲たとえば、この記事。生きることが苦痛ならば、死を選ぶ自由があっていいんじゃないの?

ぼくも椎間板ヘルニアで半年ほど寝たきりになったことがあって、記事のヴェルブートさんにくらべればたいした苦痛ではないかもしれないけど、それでも「こんな苦痛が続くなら死んだほうがましなのでは」とも思った。

命なんてもっとかるくていい。

他者の命の価値はぼくがどうこういえるものではない。自身の命の価値は自身が決めていいはず。軽く、かるーく。

軽いからこそ、死を意識し、今この刹那を真剣に生きることもできるはず。

持たざるものの行く末は

日本の富が尽きて、社会保障費が減ると、弱者は切り捨てられる。

弱者とは持たざるもの。失うものがない。だから、暴力によって強者から奪おうする者もいる。

自殺する者もいる。首都圏では、毎日のように電車に飛び込む人がいるけど、今後もっと増えるかも。

刑務所での安定した生活にあこがれて、控えめな犯罪をする者もいる。

とても迷惑だが、テロ行為におよぶ者までいる。走行中の新幹線で焼身自殺した老人がいたけど、貧困のため将来に絶望して犯行におよんだ、ということだった。

そういった、社会に損害をおよぼす行為をするぐらいなら、オプションとして「安楽死」を選ぶことができてもいいはず。電車に飛び込むぐらいなら、安楽死を選ぶ人は一定数いるんじゃないの。

ぼくは2016年現在、45歳。この世代ぐらいからは「老後」は茨の道。

というか「老後」なんてない。だから一生涯働くつもり。

でもボケたり病気したりで、生きることに意味がなくなれば、自決できるよう、安楽死を制度化しておいてほしい。

おしまい