家族とはなんなのか 23歳から93歳までが集う新年の食事会で考えたこと

1月2日は、彼女の親戚一家に新年のあいさつをしてきた。

彼女は23歳でぼくは45歳!

親戚の皆さんとしては、姪の二倍の歳のおっさんを正月から家に招き入れることに。なんだか申し訳ない。

いたたまれず、早いとこ酔って我を忘れたく、急ピッチで酒を胃に流し込み続けた。

久しぶりに楽しい一家団らんに触れて

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彼女は事情があって両親不在。

つきあいはじめたころ、彼女の部屋に行くと、80平米プラス広大なベランダというマンションに独りで住んでいて、おどろいた。

この部屋がとても居心地がよく、眺望がよくて、夜景がまたとてもきれいで、いっぺんで気に入り

「家賃払うからここに住まわせて」

とたのみこみ、共同生活がはじまった。

近所には、彼女の親代わりの親戚一家がお住まいで、一家の構成は、次のとおり。

  • おじいさん 93歳 少しボケているが明るく楽しい。食事の時間には厳格でうるさい。
  • おばあさん88歳 しっかりしている。畑仕事が好きで、家の周囲に作物を植えており、たまにあいさつに訪れると帰りに小松菜や水菜をもたせてくれる。
  • おじさん61歳 強面で仏頂面。いつも不機嫌そうだが、最近それが普通のしゃべり方なのだとわかってきた。
  • おばさん59歳 陽気でよくしゃべり、料理がうまい。いつもゴッツァンです。
  • 長女27歳 東京の女の子のはずだが関西のお笑い芸人のようにツッコミが鋭く、おじいちゃんとの会話はよくできた漫才のよう。
  • 次女24歳 お姉さんと似ず、おっとりした性格。

そして、彼女23歳、オレ45歳が参加し、20代前半から90代まで、多彩な年齢層がそろう新年の食事会となった。

強面でいつもぶっきらぼうな叔父さんに快く思われていないのではないか、という心配があり、ちょっといい芋焼酎をおみやげにして機嫌をとろうとしたり。

親戚一家の長女、次女、そして彼女と若い女性が3人もいると場はにぎやか。叔母さんもよくしゃべり、次々にうまい料理が出てくる。

93歳のおじいさんがノリノリで関東大震災の話を見てきたように語ってくれて(年齢合わないような気がするけど)、おばあさんとのなれそめや江ノ島でデートした話をしてくれたりで楽しかった。

自分だけでなく家族は等しく老い そして若返る

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自宅に帰ってきて、家族とはなんだろうか、と。

久しぶりに、楽しい家族の団らんに参加できたから、そんなことを考える。

ぼくの家族は父、母、オレ、弟、妹2人の6人。兄弟が小学生のときはそれはにぎやかだった。中学、高校と進学し、大学進学で家を出ても、下の妹はまだ高校生だったので両親も張り合いがあったはず。

その妹も社会人になったころ。正月に帰省して久しぶりに皆で食事したんだけど、ぼくも弟妹たちも昔ほど食べないから、母はさみしがっていた。

下の妹が嫁いで家を出た。実家は灯が消えたようにさびしくなった。父母も急速に老け込んだ。

家族は等しく歳をとって老いていくことに気づいた。自分だけでなく、みな老いる。

下の妹に子どもができて、実家に連れてくるようになると、状況が変わった。

父母は孫の顔を見ることをとてつもなく喜び、あきらかに若返った。今では下の妹には3人の子どもがいて、盆正月に帰省してくるときはそれはもう大変なさわぎで、父母はそれを生きがいにし、喜びにして生きているようだ。

家族は老いていく。

新たな家族が加わり、若返る。

家族を構成する年齢層が多様になり、生活に彩りをそえる。

家族を運営するのは重責だがそこにこそ成長と充実がある

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結婚をしない人が増えているとか。

結婚して、家族を作って生きていくというのは大変だからね。結婚に失敗した身だから、よくわかる。

しかし、結婚して家族を運営している友人、知人はみな「家族はいい」という。

家族は人を変えるようだ。いい加減な生き方をしていた友人が、家族をかまえた瞬間に、それはもう見ちがえるように変わった。

愛する人とパートナーとなり、子どもをもうけ、育てる。

育ててもらった両親が老いれば、その恩に報いる。家族を運営するということはたしかに重責なんだけど、だからこそ、独り身では味わえない生の充実がそこにはあるのかも。

結婚して家族を持てば一人前、とする考えが古くからあるが、家族を運営していくという行為は、それほど人を成長させるのだろう。

独り身が社会保障にたよるのはフリーライダーでしかないのか

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社会保障が今のように発達する前は、子どもが社会保障のようなものだったという。それが子どもを作る動機にもなったのだろう。

今の若者が「結婚したくない」という背景には、老いて独りになっても社会保障があるから大丈夫、という考えがあるのかも。

しかし、若年層が老齢層を支える社会保障は、子どもが常に社会に補給されていないと成り立たない。

そういう意味では、現役世代のうちに子どもを作らなかった独り者が、老いて社会保障を頼るのは「フリーライダー」、つまりタダ乗り野郎であるのかも。

自分のことなんだけど……

若年世代の負担となるしかない、おのれの身を恥じるしかない。

美人女医で資産家のマミちゃんでさえ人生を悔いる

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数年前、スポーツクラブで知り合った美人女医のマミちゃんがこんなことをいっていた。

父の資産もある。自分の力で医者になってぜいたくな暮らしをしている。世間から見たらわたしは勝ち組だろうけど、結婚して子どもが欲しかった。子どもが診察に来たらつらい。子どものお母さんに嫉妬する。誘拐したくなる。いくらお金があってもこの先老いて独り。わたしは人生失敗した。

ちなみに、マミちゃんは小児科医だそうで「あんたそれ毎日誘拐したくなってるわけ?」といツッこみたくなったがガマンした。

マミちゃんはぼくと同い年で、そのころすでにアラフォーなんだけど、28歳ぐらいに見えて、それはもう美しく、おつきあいを申し込んだがふられた。

あれだけの美貌で、医者という地位を得て、使い切れないほどの資産があっても、「家族を作らなかった」という一点で、人生を失敗したと悔やんでいる。

これはどういうわけか。

結婚だけが人生の幸福ではない。

結婚したから必ず幸せになれるわけではない。

それでも若い人には、結婚して家族を築くことにチャレンジしてしみてはどうか、とすすめたい。

ぼくもあなたも、あなたの周囲の人々も、家族から生まれて、育てられたおかげで、今存在しているわけだから。

気楽な独り者が楽しいのは、せいぜい30代前半まで。40歳になっても、50歳になっても、60歳になっても、本当に家族がいない孤独な生活がいいのか、真剣に考えたほうがいい。

ぼく自身も、この半生を恥じ、悔いつつ、このままいくといろいろとアレなので、せめてこれからの生をあがいていく所存。

おしまい