直感は正しい 「いやそれおかしくない?」を研ぎすまそう

仕事してると、「いや、それちょっとおかしくない?」ということがよくある。

「おかしくない?」と教えてくれるのは、自分の直感だ。

直感には、敏感でありたい。

直感は、危機を察知して逃走するための本能なのだから。

直感を封印し続けると、オジさん化が加速する。直感に従い、いつでも動き出せる態勢を維持しよう。

そのヤバい指示、どうします?

会社という組織に属して仕事していると、理不尽なことがままある。

飲み込まねばならないこともある。

飲み込むのはどうか、という案件もある。その問題が組織内だけではすまず、ユーザーや取引先や株主といった、社外にもなんらかの影響を与える場合だ。

そういった案件が、経営層やリーダーからトップダウンで現場にもたらされる。

現場は無理に無理を重ねて、いよいよ無理もきかなくなればゴマかしてなんとかしようとする。

青くてけっこう 分別くさい大人がいちばん危険だ

神戸製鋼、三菱自動車、東芝のような、名だたる大企業の不祥事は、そんなことが積み重なった末の出来事ではないのか。

トップからの指示は、たとえどんなことだって、飲み込んで実行するのが美徳だ、という考えが日本のサラリーマンには、あるだろう。

不正に不正と声を上げるなんて青いよ。大人なら清濁併せ呑めよ。分別くさいオジさんはそういう。

しかし、そんなのはその社内でしか通じない分別だ。

大企業の不祥事が明るみに出ると、あれほど大きな組織でさえ、その「分別くさいオジさん」に蝕まれていたんだな、とおどろく。

清掃を推奨しながら自分では絶対に掃除しない経営者の謎

粉飾やら、偽装やら、いろいろな重大事に巻き込まれる前に、おかしな経営者やリーダーは見分けて離れておきたい。見分け方はとても簡単だ。

言ってることとやってることが一致してるかどうか、だ。

例えば。

「職場の清掃」を、重要視する企業は少なくない。清潔で、整頓された職場は、業務にもよい影響をもたらすから、その考えはよくわかる。

さらには、「清掃」という行為自体に、精神性を見出すような経営者もいる。

仏弟子のナントカって人が清掃を続けたすえに悟りを開いた、みたいな話をありがたがるアレ。

まあ、それもいい。清掃は人格を磨く、というのも、ありそうな話ではないか。

しかし、それだけ清掃という行為を重視し、従業員には「やれやるんだ」と口うるさく言いながら、自らはまったく清掃しない経営者がいる。

こういう人と接すると、直感が働く。おかしくない?

その直感は、正しい。それを抑え込むと、大きなストレスとなり、丸め込んだ直感は鈍っていく。

さらには、清掃の時間がなぜか就業時間外だったりすると、かなり危険だ。勤務時間内ならまだしも、時間外に精神修業させるなんて、狂っているといっていい。

直感に従って行動しないと鈍っていくよ

いやそれおかしいでしょ。

この直感はだいたい正しいから、それに従うほうがいい。

おかしいことには「おかしい」と声を上げるか、そこから逃げるかだ。

「あなたも掃除なさってはいかが?」と言ってみるか、その会社を辞めるかだ。

おかしいと思いつつ、それを押し殺していると、直感はすぐに鈍る。

ヤバい状況と察知しているのに行動しないのは多大なストレスをもたらすから、直感はどんどん鈍って、危険を察知しなくなるわけだ。

そんなオジさんが生き残り、差配する組織は、なにかをやらかす。

先に挙げた、清掃の例は小さなことなんだけど、小さなことがおかしい組織は、歪んでいき、大きなことも狂っていく。

不祥事やらなんやらに巻き込まれると人生が狂うし、そもそも生きてておもしろくないので、直感を研ぎ澄まし、ヤバそうなことには声を上げるか、逃げるかしたい。

おしまい。